嫁を動かす

HOW TO WIN WIFE AND INFLUENCE PEOPLE

芦花公園

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(昼のプールで伸びをする女性)

アンニョイな午後。いつものように5歳になる娘氏の手を引いて、近所の公園にやってくる。

 

公園の中の小道沿いの木に、今年初めてのセミの抜け殻を見つけた娘氏は大喜び。他にもないかとそこら中の木々を探し回る。

 

少し先ではせっかちなセミがもう鳴き声をあげ始めている。空を見上げたワタクシはどこか懐かしい気持ちになった。


新宿から京王線に乗り普通電車にのんびり揺られること30分。芦花(ろか)公園という小さな駅がある。

 

駅を降りると八百屋と本屋と惣菜屋と何屋かわからない店なんかが並ぶさびれた商店街と、中途半端なスーパーが1軒、全然出ないパチンコ屋が1軒あるだけの何の変哲もないような所だった。

 

20年くらい前の夏、二十歳そこそこの学生だったワタクシは、この駅から歩いて10分ほどの女のアパートに転がり込んでいた。


京都の大学に通っていたワタクシが、なぜ東京の世田谷にいたのか、詳しい説明はしない。というか、自分でもよく覚えていないのだが、就職活動を大義名分にセックスをしていたんだと思う。

 

理由はさておき、まだパンツに恥ずかしいシミを付けて生きていたワタクシ青年は、東京で同じ世代の若者がするであろう経験をスタートさせることになった。

 

ある時は下北沢で古着屋巡りをしたり、またある時は吉祥寺の駅を降りて井の頭公園を彼女と手をつないで散策したり。

 

その他にも、渋谷で買い物して、明大前の居酒屋で騒いで、笹塚のユニクロでパンツを買って、八幡山のラーメン屋で餃子定食を食べて、仙川のスーパー銭湯でくつろいで、千歳烏山で警察に職務質問されて…


アパートは6畳間にちょっとしたダイニングキッチンとも言えないようなスペースと風呂とトイレがあるだけの安アパートだった。

 

2階の部屋から窓を開けると隣の作業所みたいな施設で、機械を踏んで空き缶を潰す作業を毎日同じ人がしていた。

 

一定の間隔でガチャ、ガチャ、という音が聞こえてきて若干イラついたが、慣れる頃には心地よいBGMのように感じていた。


アパートから10分ほど歩くと、環八沿いに駅名通り芦花公園という大きな公園がある。小説家の徳富蘆花が晩年を過ごした家と敷地が、没後に寄贈されて公園となったそうな。

 

確か広い敷地の中に小さな家が建っていた気がするが、大して覚えていない。それよりも、まだ有名になる前のIKKOさんらしきジャージ姿のオネェがものすごい形相でウォーキングしていたのをよく目撃した。

 

本人かどうか確証はないが、数年前にテレビ番組でブクブクだった自分に嫌気がさして、近所の公園を毎日ウォーキングしていたと語っていたのでたぶん本人だろう。


必死なIKKOさんは置いておいて、ワタクシはというと芦花公園でのんびりしていた。就職は決まっていなかったが、就職氷河期を言い訳にしてしまえば良かったし、東京はにぎやかだし、毎日セックスしていたし、ワタクシは満ち足りていた。

 

彼女は毎日のように新宿へバイトに行ってしまうので、ワタクシはたまに就活をしながらゴハンを作って彼女の帰りを待つことが多かった。

 

ヒマつぶしに駅前のガラガラのパチンコ屋で、スロットサンダーVをリーチ目が入ってないのに7を目押しして気合いで止める神通力の訓練をしたりして無為に過ごす日々。


就活はというとブラックとして悪名高い居酒屋チェーンの面接にも落ちる始末。段々とピンチを悟り始める頃にはもう秋になっていた。

 

芦花公園は季節が変わっても毎日同じだった。彼女とよく行った駅裏の路地にある飲み屋のオバチャンの口癖は「サンキューでーす」だった。

 

生ビールを頼んでも「サンキューでーす」おあいそを頼んでも「サンキューでーす」。しょうがないので、アパートに帰ると「サンキューでーす」といって、彼女と滅茶苦茶セックスした。


その後、ワタクシは東京の会社に無事に就職が決まり、芦花公園生活はあっけなく終わりを迎えることになる。

 

徳富蘆花は「人は愛せずして生きることができない」と語った。芦花公園で何か特別なことがあったワケではない。ただ毎日狭い6畳間でセックスしていた。

 

愛がなんなのかわからなかったワタクシも、最近、嫁がセックスをさせてくれなくなってやっとこの言葉の意味がわかってきた気がする。


でも、とにかくセックスはした方がいいと思う。というか、セックスしたい。

 

ふと夏の空気を感じて、遠い昔の記憶を思い出したアンニョイな午後。彼女の名前は美しい夏と書いて「夏美」だった。今年も夏が来る。

 

 

次回「相模大野」へ続く。

お題「夏を感じる一コマ:写真、またはイラストを添えて」