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嫁を動かす

HOW TO WIN WIFE AND INFLUENCE PEOPLE

ワイフにムチで打たれながら、必死に押している件

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昔、中国の杞の国に”空が落ちて来るかも!”と憂いてばかりいる男がいた。毎日ビクビクしながら生きていたが、結局、空が落ちてくることはなかった。

 

この故事が転じて、起こりもしないことを心配することを「杞憂(きゆう)」という。 


アンニュイな午後。ワタクシは自由を謳歌している。突然のWin10特需により諭吉を手にし、家賃の振り込みを済ませたからだ。

 

思えば会社をやめて以来、自由を手にしたと思っていたが、長渕剛が歌ったように本当の自由は、不自由さの中にしかなかった。経済的な不自由は、余計にワタクシから自由を奪った。精神的な不自由が体を蝕み、身動きが取れなくなり、さらにはやる気さえも奪っていった。

 

牢屋に幽閉された囚人のように、鉄格子から空を眺めるような日々が始まったが、時間だけはたっぷりあった。「はじめてのホームページ」という本を買い、1ページ1ページ弾(はず)み車を押すように課題をこなしていった。

 

押し始めた弾み車は、ゆっくりと動き始めた。そう最初は動いているのかもわからなかったが、本の課題を1ページこなすごとに、少しずつ、ほんの少しずつではあったが、動き始めていた。


ある程度ホームページが作れるようになり、知り合いに練習のためタダでホームページ作らせてもらった。テーブルで枠組みしたガタガタのサイトだった。idとclassの違いすらわかっていなかった。文法もメチャクチャだったが、知り合いには喜んでもらえた。

 

そして、その知り合いからお客さんを紹介してもらい、お金をもらってホームページを作るようになった。まだ、イラストレーターが使えず「ウェブアートデザイナー」という図形に必ず1ピクセルにじみが出る不自由なソフトを使ってロゴを作った。最初はフォントを使っただけのロゴとも呼べないものだった。

 

行ったこともない接骨院や、なんの特徴もない散髪屋のホームページを魅力的に見せるために、文章をひたすら書いた。最初はかっこいいサイトの文章を真似しただけだった。キャッチコピーもひたすら考えた。最初はどこかで聞いたようなフレーズばかりだった。

 

ただ弾み車を回すように、ひたすら書いては直してを繰り返し、文章を書き続けた。そうしている内に、知らないお店のコンセプトをスラスラ書けるようになっていた。会ったことのない社長のあいさつをそれらしく書けるようになっていた。なんとなくカッコよく見えるロゴが作れるようになっていた。弾み車は回り始めていた。


ホームページを作って稼いだ金でソフトを買い、次は「はじめてのフォトショップ」という本を買い、またしても1ページずつ着実に課題をこなし、弾み車を回した。その次は「はじめてのイラストレーター」、「はじめてのワードプレス」、そして「猿でもわかるPHP」。

 

弾み車は勢いよく回り始めた。お客さんがお客さんを紹介してくれるようになった。もう必死に押さなくても勢いだけで回ってくれる。ワタクシは、いつの間にか自由を感じていた。

 

名著「ビジョナリーカンパニー」には、同じような話が書いてある。

 

弾み車効果

 

巨大で重い弾み車を思い浮かべてみよう。金属製の巨大な輪であり、水平に取り付けられていて中心には軸がある。直径は十メートルほど、厚さは六十センチほど、重さは二トンほどある。この弾み車をできるだけ速く、できるだけ長期にわたって回しつづけるのが自分の仕事だと考えてみる。<中略>

 

押し続ける。回転が少し速くなる。力をだしつづける。ようやく二回転目が終わる。<中略>そして、どこかで突破段階に入る。勢いが勢いを呼ぶようになり、回転がどんどん速くなる。弾み車の重さが逆に有利になる。一回転目より強い力で押しているわけではないのに、速さがどんどん増していく。<中略>

 

どれかひとつの押しが重要だったわけではない。重要なのは、これまですべての押しであり、同じ方向への押しを積みかさねてきたことである。

 

「ビジョナリーカンパニー②」264ページより引用

偉大な企業も同じように弾み車を押し続けた。何年も何十年も。次第に勢いがつき、ある時点で突破の段階に入る。ある日突然、飛躍したわけではなかったのだ。


ワタクシは、やっと自由を楽しむ余裕も出てきた。空が落ちてくることを心配する必要もなく、浮かれて空を泳いでいた。そして、勢いに乗って結婚した。

 

が、それは次なる不自由の始まりを意味していた。ワイフの珍行動は、ワタクシを再び不自由のどん底に追い込んだ。またしてもワタクシは弾み車を押さなければならなくなった。

 

最初は「人を動かす」という本を読んだ。1ページ1ページ 泣きながら課題をこなした。次に「道は開ける」、「7つの習慣」、「原因と結果の法則」...。

 

名著はワタクシに弾み車の押し方を教えてくれた。ワイフとの関係も改善されていった。ワイフは弾み車を押すワタクシをムチで打ち続けたが、回転はすぐに速くなった。


そして、またしてもワタクシは自由を手にしようとしている。しかし、最初に回していた弾み車を押していなかったので、勢いが弱まってしまった。ワタクシはまたしても弾み車を必死に押さなければならなくなった。

 

だが、弾み車を押すことには、すでに慣れきっている。回す方向さえ間違えなければ、勝手に回り始めることを知っている。こうして、ブログを綴りながら弾み車を楽しく回しているのだ。 

 

ワタクシはもう、杞の国の人ではない。空が落ちてくると憂うこともない。家賃は払ったが、自動車税を忘れていたことも大した問題じゃない。

 

心配しなくても、決して空は落ちてこない。落ちるのはクレジットカードの引き落としだけで十分だ。今、1週間後に引き落としがあるのを思い出した。大丈夫。問題ない。金が落ちないことも杞憂に過ぎないハズなのだから。