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嫁を動かす

HOW TO WIN WIFE AND INFLUENCE PEOPLE

<プロローグ>日本人アナゴの問いかけるもの

※エイプリルフールの記事です。こんな感じになってました。

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アナゴの素朴な疑問

 

われわれの誰もが知っているように、人類はアフリカ大陸に約700万年前に誕生し、独自の進化を遂げてきた。こと私の住むこの極東の島においても、狩猟採取生活を行う人類が旧石器時代の約10万年前には生活していたことがわかっている。その後、氷河期の終わる約1万2千年前に日本列島は大陸から分離し、独自の文化、風習を発展させていくことになる。

私は、今、自宅で洗濯機を回しながら、ある疑問について思索に耽っている。私は毎日、嫁と子供の服を洗濯し部屋を掃除し食事の支度をしなくてはならない。そもそも、これは夫である私の仕事なのであろうか?いや、まったく家事をしない友人もたくさんいる。ではなぜ、家庭間においてこのような差が出てしまったのだろうか?私がこの謎を突きつけられたのは、先日のある体験がきっかけだった。

 

2016年3月、私は友人のアナゴ君とおでん屋に立ち寄り、いつものように酒を酌み交わしていた。しばらくすると、アナゴ君は私に質問をしはじめた。まず、彼は我が家の夫婦生活について尋ねた。私は多感な年頃の甥や姪と同居しているため、かなり気を遣うとだけ答えた。さらに彼は続けた。世の中の夫はどのくらい妻を愛しているのか?私は科学的データによって検証されていないため、回答することができないとしか答えることができなかった。そして、彼はこう尋ねた。「なぜ、いつも嫁は不機嫌なのだろうか?」。それは単純な質問であったが核心をつく質問でもあった。男女間において不機嫌という心理状態に陥ることに個体差はあるのだろうか?いや、この場合、特に女性において婚姻関係のあるなしによって違いがあるのだろうか?はたまた、年齢による条件を設定すると有意差が見られるのだろうか?さらに、姑と同居等の社会的条件によって変化があるのだろうか?明確な要因があって然るべきだろう。

 

しかし、アナゴ君の疑問は容易に答えられないものである。当時の私には答えられなかったし、有識者の間でも意見が分かれている。夫の中には、この疑問に対する答えを個人の資質の問題として探求することを諦めてしまったり、他の女性に走り問題自体を悪化させてしまったりする者もいる。ところが、このような問題にまったく直面しない夫も少なからずいることも事実である。私はこの、世界でも特に異質な発展を遂げた極東の島における人類の進化、歴史、ジェンダー論などについて研究し、その成果を発表してきた。本ブログにおいて私は、アナゴ君の質問に対する答えを自分なりに書いてみようと思ったのである。

 

家庭の不均衡を生み出したもの

 

アナゴ君の疑問は、日本社会の伝統的な生活様式に対して投げかけられた側面も持ち合わせている。現代社会において、嫁は金銭を管理することにより、家庭内での権力を持ち、子供や夫を支配している。夫はお小遣い制の名のもとに支出を抑制され、遊興等に自由に支出を行うことはできない。ところが、嫁はホテルのランチバイキングでの食事を自己の欲求のままに行うことができる。また、家庭単位での支出においても、嫁の権力は絶対的であり、贅沢品から食料品の購入に至るまで、夫の意見の介在する余地は皆無といって良いだろう。このような不均衡を生み出した要因はどこにあったのだろうか。

 

われわれは時間的にさかのぼってこの疑問を問うことができる。日本において現代にも続く家制度が誕生したのは西暦1600年頃のことだった。戦乱が終わり町人文化が花開いた江戸時代、貨幣の活発な流通が始まったことが資料として確実に残る形で確認されている。では、家庭において貨幣の管理を行っていたのは誰だったのであろうか?この疑問を解明するには、まず家制度から理解する必要がある。

 

嫁という言葉が端的に表すように、婚姻した女性は男性の家に嫁ぐという形で、夫や夫の家族との同居を始める。男性は長子相続という制度のもとに家督や財産を長男がすべて相続し、家を存続させることを第一に求められてきた。この制度、風習は江戸時代には、明確に制度として規定されてはいなかったものの、不文律として武士から民衆の間に広まっていったと考えられている。そのため、女性は養子縁組という一部の例外はあったものの、基本的には自らの生まれた家ではなく、男性の家へと嫁入りし、その家の家人となった。ここに致命的な状況が生まれることになる。

 

つまり、嫁いだ先で女性は姑という立場の同性と否が応にも同居し、家族としての関係を一から構築する必要があった。ここで凄惨を極める争いが生じることとなる。つまり、家の財産の管理について、嫁と姑の間で主導権争いが必ず発生したのである。日常的なストレスにさらされることとなった嫁と姑は、互いに競い合うかのように家の財産を奪い合い、最終的には家の財産を相手に奪われまいと、競って消費する行動に出ることとなった。ここに、家庭間での不均衡が生まれることになった。

 

銃・病原菌・鉄・嫁

 

結論をまとめると、嫁と姑との間に争いが生まれたことにこそ、まさに、嫁が不機嫌となった一つの要因だと考えられる。しかし、この考察への反対意見があることも事実である。例えば、次男の場合はどうなのか?姑がすでに他界していた場合はどうなるのか?といったものである。この種の意見は、原因の説明と、結果の正当化や是認とを混同する典型的な誤解にもとづいたものである。私は嫁問題研究家として、夫の意見を正当化しようとして研究するのではない。因果の連鎖を断ち切るために研究するのである。例外を挙げることで、問題の本質から目を背けることは、研究から逃げる行為に他ならない。

 

西暦1549年、イエズス会の宣教師によってこの国に銃が伝わった。その後、瞬く間に銃器の製造が国内において開始された。遡ること千年以上前に、大陸から持ち込まれた製鉄の技術により、殺傷能力の高い鉄製の武器が製造されている。しかし、西暦1600年を境にして日本は銃火器を放棄している。また、鉄製の武器の製造も極端に減少していたことが近年の研究でわかっている。この現象の要因を紐解こうとしたとき、避けては通れないのが、前述した家制度の確立時期との奇妙な一致である。つまり、嫁と姑の対立が武器の放棄という因果の鎖でつながっていたのではないかという一つの仮説を立てることができる。

 

本ブログの目的は、このような仮説を検証し、嫁が不機嫌になった要因をさまざまな学問的見地から解明しようとするアプローチである。そろそろ、聡明な読者の皆様はお気づきだと思われるが、私は4月1日にのみ全世界に広まる悪質な病原菌に侵されている。これまでに述べた意見は、私の意見ではなく、アナゴ君のおでん屋での独り言をまとめたものであり、私の偏見に基づいたものでは決してないことをお伝えして結びとさせていただく。すべての家庭が愛と平和で満たされんことを祈りつつ。

 

2016年4月1日 洗濯中の自宅にて マスヲ